ウォークキャンプ愛好会創立40周年記念OB登山会(2019.11.16)

参加者:白濱さん、西井田さん、畠中さん、下田 さん、遠矢 さん、瀬筒さん 、 松元 さん、松浦さん、高庄さん、草野さん、草野さん、本村さん、坂元 さん、瀬戸口さん、塩田さん

文責者 :遠矢

頂上が雲霧で閉ざされ余り寒いので山室に入った。山室には石橋天恵という老翁が居て、登山者を優待し湯をも沸かして呉れる。御守護、絵ハガキ、キャラメルのたぐい、ラムネまで備え、登山記念のスタンプも出来て居る。それから団体の登山者にむかって説明の労をも取る。音吐朗々として、「天狗のこえです」などと批評せられている。「サカホコ」の「サカ」は「賢い」、「さかし」と訓みます。人類のはじまり!などという声は、天のさ霧を吹き飛ばすほどである。                   -斎藤茂吉 「高千穂峰登山記」

令和元年(2019年)ウォークキャンプ愛好会が設立され40年が経った。それを記念して開催されることとなった祝賀会に先立って、サークルOBによる高千穂峰登山会を企画した所、遠くは滋賀県から近くは麓の都城市まで(僕だが)、総勢15名の参加者が集結した。

令和元年(2019年)ウォークキャンプ愛好会が設立され40年が経った。それを記念して開催されることとなった祝賀会に先立って、サークルOBによる高千穂峰登山会を企画した所、遠くは滋賀県から近くは麓の都城市まで(僕だが)、総勢15名の参加者が集結した。

なぜ高千穂峰か。天孫降臨の地であるとか、天の逆鉾があるからとか、そのような高千穂峰を語るうえで外すことのできない要素はほぼなく、物理的にこの山くらいでしか登山後に開催されるOB会までを含めた活動は実現しないだろうと考えたからだが、であるが故にしては高千穂峰という山は登れば登るほど魅力的な山だし、そう言えば現役の頃はそんなにこの山のことが好きではなかった気がするけれど・・・それは例えば森の美しさであるとか千変万化に富んだ景観であるとかまぁそういうものを求めて山に入らんとする自分自身の心持ちの変化などもあるからかもしれぬ故、ということはつまり今の自分がそう思っているだけで他の参加者からしたら若き日の自分がそうであったようにやはり高千穂峰に対して少なからず「つまらぬ山よの」と思う事もあるかもしれないわけだが、随分と大回りしていやだから他の山に登っちゃうとOB会間に合わないからさ~という否応なく現実的な理由がそこにあるので今回選んだ山は高千穂峰なわけ。

令和元年11月16日午前10時20分、高千穂河原集合。晴天。天気晴朗ナレドモ波高シ、という事も全くないし大体ここ山だし波無いし。あまり自分では認めたくないのだけれども雨男だと思っている。特に自らが企画した催し物を実施する際兎に角よく雨に降られる。このOB登山会をやりたいと言い出したのも自分だったから、これはきっと雨が降る。雨が降るどうしよう。事前に参加者の皆様へ雨が降る可能性が高いので河童の準備をお願いしますって言わなくちゃ。河童って何だよ遠野市か。いやだからその河童は想像上の生き物だから実際にはいなくて今回準備して頂くのは合羽の方です。だったら最初からそう言えよこの蛸。蛸って何だよ明石市か。いやだからその蛸はたこ焼きの蛸で。という不毛なやり取りを雨の心配をしながら無限に行わなければならないのかもしれないという予想は週間天気予報の前に超杞憂に終わってしまい更には明日の天気予報の前に完全に吹き飛んでしまったのは実は少し寂しかったかもしれないね。

参加するのは良いけれど参加者名簿を見てもお顔のはっきり分からない参加者もいらっしゃる、という方々に対してどのようにして我々がウォークキャンプ愛好会のOB登山会のメンバーである事を知らしめるのか。おーーーーいそこのひとーーーーーー僕たちがーーーウォーーーーーーーーーーークキャンプ愛好会のーーーーーーーーメーーーーンバーだよおおおおおおおおおお、とでも言うのか。できない。だいたいなんでバーだけーが一本なのかも良く分からない。メーーーーの所は少し山羊を意識して言ってもらえるだろうか。意味わからない。何だよそれ、じゃあ何だウォーーーーーーーーーーーの所は何を意識して言うんだ。浜田雅功か。こんな意味不明な言い方や呼び方では駄目だ。駐車場に着いたら赤い帽子を被っている人がいます、それが僕です。声かけて下さい。できない。ウォークキャンプ愛好会はいつから出会い系サイトで出会うような方法で集合するようになったのか。でも言っときますけど今や出会い系サイトで出会う事はむしろ安全で確実な出会いを求める手段として定着していますからね。そんな訳の分からない言い方や呼び方に呼応する人間の方がよっぽど変な人だし危ないし赤い帽子被ってる方がなんか赤ずきんちゃん的な感じでグリムな好感持てるし。じゃあだったらどんな方法で割と見ず知らずな人間同士が同じ活動の下に集まるってんだよ。言ってみろ。

・・・少し乱暴だが10時30分過ぎに15名全員が集合した。15名ってさっき書いたよね。いいじゃん何度書いても。この15名の参加者は本当に山が好きなのかもしれないと思った。何を好き好んで朝早く起きて飲み会の前にわざわざ車を走らせあるいは飛行機に飛び乗りあるいは新幹線に乗り込み山へ行くのか。山が好きだからか。でも山が好きだからという理由でその動きの全てを説明するのも少し稚拙な解釈かもしれない。もっと違う理由があるかもしれない。学生の頃好きだった人が高山千穂さんだった。最近読んだ本の主人公の好物がバウムクーヘンだった。10年後の自分へ向けて山頂でカップラーメンをひやかしたい。死んだじいさんの遺言。トイレの落書き。一体どんな理由で人は山に登るのか、その真体などは到底掴めない。

出発前に主催者たる自分がご安全に登山を行いましょうというような趣旨の事をお話しさせて頂いた。その後高千穂河原の登山口にある鳥居の前で参加者全員の集合写真を撮った。その瞬間一陣の爽やかな秋風が鳥居を潜り抜けて高千穂峰の山頂へと吹き抜けていった。僕らはその頂きを目指して歩きだした。

登山中の様子はLINEを通じてウォークキャンプ愛好会の40周年記念式典の為に作られた特設ページに次々と上げられていった。登山に参加出来なかったメーーーーンバーにもその様子が伺い知れるという試みで、主催者ながらそのような最先端の取り組みに隔世の感を禁じえなかったし、隔たりと言えばMr.Childrenの隔たりであって、時代の隔たりもあればゴムの隔たりもあり、あらゆる隔たりの中で僕たちは今山に登っている。登山のペースは参加者それぞれだった。安全第一は言うまでもなく、全員が山頂に登頂できるならそれは幸運な事かもしれなかった。全員登頂全員下山。それが当たり前な事では無いのは当たり前のように思っていなくてはならない。あたり前田のクラッカーなどと茶化してはならない。ところであたり前田のクラッカーはもう随分と昔に流行った言葉であって、そのようなものを感じているのもまた隔たりなのだろうけれどそんな余計な隔たりに脳味噌が支配されてしまうのは個人的にはあまり良い事だとは思わない。

山頂へ無事に着いた。高千穂峰は仁和寺のように最終目的地が隠れていないのが良い。堂々とここが山頂だよと言い切っているのが良い。馬の背へ登った時にその奥に山頂が聳えるのに絶望する登山者もいるのだろうけれど、その絶望を堂々と登山者に味合わせる潔さが何とも良い。山頂から迷いなく切れ落ちる稜線の素直さが良い。そのような良さに気が付ける自分が良いと自己満足している自分はうんこぅ。先に登頂を済ませたメーーーーンバーは思い思いの場所に腰を下ろして山頂からの景観に目を細めるものもあり、ほころばせるものもあり、口から白い煙を漂わせるものもあり、湯を沸かせてカップラーメンを頬張るものもあり、おむすびを食べるものもあり、そうしているうちに後から後から後塵を拝さざるを得なかった参加者達も登頂を済ませて凡そ13時過ぎに全員が登頂を達成した。そうして集合写真を撮ることになった。

今回のOB会の立役者たる松浦氏が、かつてウォークキャンプ愛好会で使用されていたサークル旗を忠実に再現したものを作製した。その初お披露目となったのがこの登山会であった。集合写真を撮る前に松浦氏がおもむろにその旗を取り出すと、参加者中一番の先輩である白濱さんがそれはかつて我々が作製したものである事を話された。時代の隔たり・ゴムの隔たり・人間の隔たり、様々な隔たりの中で僕らは生きているけれど奇跡的にその隔たりが消え去る瞬間が訪れる。今日は生で良いからね。マジ?いやそんなものじゃない。いやそんなものも欲するけれど、その瞬間は高千穂峰の山頂でふいに訪れたのだ。マジですか!!!先輩が作られたんですか!!!そして白濱さんに次いでこの参加者の中で先輩である畠中さんは、ご自身が形成しているウォークキャンプ愛好会のLINEグループのアイコンがサークル旗になっている事を伝えられた。若い参加者は初めて見るそれにこんなものがあったんだ~という感想などを口にしながらしげしげと旗を眺めていた。メーーーーンバーそれぞれの中で生き続けていた、もしくは産声をあげたサークル旗は、今参加者の隔たりを無くした。その旗を囲んで撮影した集合写真。一番上は6代目から最も若い参加者は38代目。32代を丸ごと収めるその写真は素晴らしい一枚になった。そうして朝の高千穂河原で吹き抜けていった秋風は、天高く馬肥ゆる秋の空遥かに舞い上がっていったのだった。

遥々やってきて、しかもこんな快晴に恵まれたのだから、屋内に居るのが惜しくて、又外へ出てみる。天孫降臨の聖峰に一人立って、いにしえの襲の国を一望に収め、皇祖発祥のあとを憶って、去るに忍びないものがあった。写真を撮るからと云うと、番人の女は子供を連れて出てきて、国旗掲揚の竿にスルスルと日の丸をあげた。

-深田久弥 「薩南の旅」より霧島・高千穂峰

下山は登山時よりも過酷で危険だという事を改めて思い知らされるのも高千穂峰の個性の一つだと思う。引き際の難しさとは全ての勝負事に通じるものであり、と言うと下山は引き際なのかという疑問にも辿り着くが、どのように立ち去るのかが問われていると考えればそこを含めて良いのではないかと考えている。各々慎重に下山を行い15時30分頃全員が下山した。白濱さんと西井田さんが最後尾について下山の安全を見守って下さった。誰も見放さないのがウォークキャンプだからね、と仰ったその笑顔には天孫降臨で地上に舞い降りてこれらたニニギノミコトのような輝きが見て取れたと言えばはっきり言って大袈裟だけども、すでに大袈裟だとか話が脱線し過ぎじゃないですかとかそもそも意味が分からないし無駄にゴム話多いっすよなどとの誹りを免れぬものを書き連ねておるのでそれくらいの風呂敷具合は許されるのではないだろうか。

良い登山だった。5年に一度開かれる大きなOB会に合わせてまた開催されるのか分からないが、でもそれは自分次第なのかもしれないので自分次第で開催云々が決められるのであれば是非また開催したい。5年後はどこに登ろうかという事については冒頭で書いたようにおそらくまた高千穂峰になると思う。また改めて自分ではあまり認めたくはないが雨男だと思っているので、5年後も雨の心配をしながら当日を迎える事になると思うけれども、そもそも雨男なんだからそういう心配に対する耐性あたりはそこそこ身に付けておくべきであって、何だったらあと5年あるんだからそれまでに雨男卒業しとけよ!という目標なども設定してみるのも良いのではないかと思うわけだが、いまだかつて「雨男を卒業した」などといった類の話を聞いたことがそれほどないので、その卒業に向けた努力なり修練が徒労に終わってしまうのが嫌なので何もしないでおこうと思わなくもない。

最後に、参加してくださった皆様に衷心から感謝を申し上げたいと思います。本当にありがとうございました!また5年後お会いしましょう。また随分と訳の分からない活動報告を最後まで読んでくださったそこのあなたにも謝辞を申し上げたいですし、更には活動報告の機会を与えて下さった運営サイドの方々にも謝辞というか懺悔をしたいと思います。本当にごめんなさい。でもまた書かせてください(笑)

皆様お疲れ様でした!

 17代 遠矢